巡る月影、石と心に満ちる光。
──2009年12月29日の記録を、今の店主の視点で編み直した追記録。
年の瀬の慌ただしさの中、あえて筆を執ったのは、分かち合いたい「光」があったからです。休止の最中であっても、石を慈しむ皆さまの日常に寄り添いたいという想いは、何物にも代えがたい店主の原動力でした。
来る新しい年、石たちがその輝きを失うことなく、皆さまの歩みを照らし続けられるように。その願いを「満月の暦」に託して届けた、あの日の記憶を辿ります。
■ 浄化という名の、深化する対話
石を浄化するということは、単に汚れを落とす作業ではありません。それは、石に蓄積された日々の揺らぎをリセットし、本来の純粋な響きを取り戻すための、静かな対話の時間でもあります。
当時の記録を読み返せば、店主もまた、世に広く知られる「満月の光」に石を委ねることを推奨していました。しかし、その後の長い年月、無数の石と魂に触れ続ける中で、店主の感覚はより研ぎ澄まされ、ひとつの確信へと至ります。
それは、**「新月こそが、真の浄化の刻である」**という、命の巡りに即した真理。
満月が「満ち、放つ」エネルギーであるならば、新月は「空(くう)となり、整える」エネルギー。今の店主であれば、石を真に安らげ、その本質を呼び覚ますのは、始まりの闇である新月だと説くでしょう。過去の記録にある満月の暦は、店主がまだ「光」の側面から石を捉えていた、言わば探求の道程における大切な足跡でもあります。
■ 互いを尊重し、響き合う世界
当時の記録の末尾には、サッカーという勝負の世界に身を置く人々への、店主らしい眼差しが残されていました。
激しい戦いの果てに、敵味方の垣根を超えて互いを尊重し合う姿。それは、石の世界にも通じる真理です。異なる個性がぶつかり合いながらも、一つの調和(ハーモニー)を奏でる。鑑定の場においても、店主が常に大切にしてきたのは、そのような「尊厳」の交換でした。
月が満ち、また欠けていくように。 私たちの心もまた、揺らぎながらも確かな光を求めて巡り続けます。
あの日、店主が届けた暦の向こう側にあったのは、何よりも皆さまの安寧を願う心。その誠実さだけは、浄化の方法が深化を遂げた今も、一点の曇りなくここに在り続けています。
【結びの余韻】
日々のささやかな気づきが、誰かの心の灯火になりますように。 この歩みを静かに見守り、背中を押してくださる皆さまの存在が、何よりの励みです。
もし、今日の言葉が心に小さく響いたなら。 こちらから、一筋の応援を届けていただければ幸いです。
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