「視える」ことよりも、今の「適合」を信じる。職人としての覚悟と、歩みの原点。
──2011年5月29日の記録を、今の店主の視点で編み直した追記録。
佐世保の地にて、台風の気配を感じながらも心が温かさに包まれる一日を過ごしています。先日募った皆様からの問いに対し、言葉を紡ぐ時間を持ちました。こうした対話を通じて、一人の人間としての店主を知っていただくことは、互いに「クライアント様」として向き合うための大切な土壌になると信じています。
鑑定という仕事に携わっていると、時に店主のことを特殊な存在のように思われることがありますが、実際には、皆様と同じように日常を懸命に生き、日々を積み重ねる一人の人間に過ぎません。しかし、石と向き合うその瞬間だけは、譲れない矜持を持って「視る」世界があります。
■ 能力の自覚と、踏み込まない勇気
幼少期から備わっていた感覚を、鑑定師としての力として強く意識するようになったのは、2006年のこと。その日を境に、店主の歩みは決定的なものとなりました。クライアント様と向き合った瞬間、あるいは一枚の写真を目にした瞬間、頭の中にはその方に必要な石のイメージが、鮮明な映像として浮かび上がります。
よく「未来は視えますか?」と問われますが、店主の答えは決まっています。見ようとすれば、その先の景色が視えることもあります。しかし、店主はそれを安易に言葉にすることはありません。なぜなら、石を持つ目的は「決まった未来を当てる」ことではなく、石というパートナーと共に「自らの手でより良い未来を切り拓く」ことにあるからです。土足で他者の未来に踏み込まない。それが、鑑定師として店主が自らに課している厳格なルールです。
■ 泥の中に咲く蓮のように。石屋としての志
家業を継ぎ、幼少期から惹かれていた石を仕事にしようと決めたあの日。店主は「蓮(れん)」という名を選びました。泥水の中から立ち上がり、汚れに染まることなく凛と大輪の花を咲かせる蓮。その姿こそが、人生の荒波に揉まれながらも、自らの本質を輝かせようとする皆様の姿に重なったからです。
店主が愛するガーデンクォーツやガーネット、アメジスト。これらもまた、静かに、しかし力強く持ち主を支える石たちです。店主は、自らを「幸せ請負人」と称しました。それは、石の力を通じて、皆様が自分自身の人生の主人公として歩み出すお手伝いをする、という不変の誓いでもあります。
台風一過の空が清々しいように、皆様の心もまた、石と共に晴れやかであることを願っています。明日もまた、佐世保の会場で、真摯に一珠を紡ぎ出します。
【結びの余韻】
日々のささやかな気づきが、誰かの心の灯火になりますように。
この歩みを静かに見守り、背中を押してくださる皆様の存在が、何よりの励みです。
もし、今日の言葉が心に小さく響いたなら。
こちらから、一筋の応援を届けていただければ幸いです。
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