飛ぶ鳥、後を濁さず。父が最期に見せた笑顔と、決算日に遂げた旅立ち。
──2011年8月1日の記録を、今の店主の視点で編み直した追記録。
昨日の訃報に際し、多くの皆さんから温かなお悔やみをいただきました。心より感謝申し上げます。現在、店主は母と二人、いや、父を含めた家族3人で静かな夜を過ごしています。明日の葬儀で、一人の男の最期をしっかりと見届け、送り出す。それが今の店主の務めであると考えています。
こうして記録を綴っていることから分かる通り、店主は驚くほど冷静な状態にあります。食欲も落ちることなく、普段通りに過ごしています。もちろん寂しさはありますが、父の死に顔があまりに清々しく、笑っているようにさえ見えるのです。満足のいく人生を全うした男の笑顔。それを見ると、不思議とこちらまで救われるような、温かな心地にさえなります。
■ 奇跡のように穏やかな、終わりの始まり
振り返れば、そこには数々の奇跡がありました。5月には食事が摂れなくなると言われていた父が、前日まで好物のカステラや饅頭を口にしていました。末期癌特有の激痛に襲われることもなく、モルヒネに頼ることもありませんでした。最期まで父は、父としての尊厳を保ち続けていたのです。
息を引き取る直前まで、父の意識ははっきりとしていました。夕食の果てに看護師さんと会話を交わし、そのわずか30分ほどの間に、まるで眠りにつくようにス~ッと旅立った。苦しむこともなく、自らのタイミングを選んだかのような最期。それは、周囲に余計な心配をかけまいとする、父らしい幕引きだったのかもしれません。
■ ひとつの区切りを見届けて
くしくも7月31日は、会社の決算日でした。その重責を最後まで見届け、月の終わりと共に旅立つ。妻にも息子にも、死にゆく苦しみを見せることなく独りで往く。「飛ぶ鳥、後を濁さず」を体現したかのようなその生き様に、店主は一人の男としての凄みを感じずにはいられません。
実はこの日、我々家族はそれぞれに奇妙な異変を感じ取っていました。それは単なる偶然ではなく、魂が繋がっているからこその知らせだったのでしょう。その詳細は、また次の記録で言葉にしたいと思います。
今はただ、この静寂を大切に噛み締めながら、父の背中を見送る準備を整えます。皆さんも、隣にいる大切な方の温もりを、当たり前だと思わずに慈しんでください。
【結びの余韻】
日々のささやかな気づきが、誰かの心の灯火になりますように。
この歩みを静かに見守り、背中を押してくださる皆さんの存在が、何よりの励みです。
もし、今日の言葉が心に小さく響いたなら。
こちらから、一筋の応援を届けていただければ幸いです。
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