見上げる空、繋がる想い。彼方へと旅立った魂に寄せる「鎮魂の詩」。
──2009年11月3日の記録を、今の店主の視点で編み直した追記録。
満月の正午。ふと見上げた九州の空は、吸い込まれるほどに澄み渡っていました。夜の月明かりに期待を寄せながら、流れる雲を目で追うひととき。そんな穏やかな時間の中で、店主は一つの新しい試みに想いを馳せていました。それは、石を紡ぐ際に向き合う「大切な方を亡くされた方の心」そのものになり代わり、言葉を綴ることでした。
■ 境界を超え、空に託す祈り
鑑定会を通じてお預かりする、決して越えられない生死の境界線を前に、一途に想いを募らせる方々の心境。その震えるような感情を、店主は一篇の詩として形にしました。
『空 ── 彼方へ寄せる鎮魂の詩』
見上げれば、あまりにも遠い場所に居る貴方……。 その清らかな瞳に…… 今のこの空が、たなびくあの雲が、映っていますか?
生死という境界を超え、遠く、果てしない場所へ往(い)った貴方……。 形を失い流れるあの雲は、 貴方が微睡(まどろみ)の中に居る、その岸辺へと辿り着くのでしょうか。
もしも、この祈りが奇跡を呼び寄せるなら…… 私はあの雲に魂を預け、 貴方が待つ、光の溢れる場所へ還りたい……。
もしも、願いがたった一つだけ叶うなら…… 鳥になって、この現世(うつしよ)の空を飛び越え、 ただ一目、貴方の姿を追いかけたい………。
貴方の居る、その痛みも悲しみもない、穏やかな場所へ……………。
■ 祈りと真実の間で紡ぐ言葉
店主はこれを「妄想の世界」と冗談めかして綴りましたが、それは決して根拠のない空想ではありません。石に触れ、クライアント様の人生の、そして深い喪失の断片を共有させていただく中で、店主の胸に去来した「魂の対話」です。
石を編むという行為は、故人への供養であり、残された方の止まった時間を動かすための祈りでもあります。ならば、その祈りを言葉としても表現してみよう。あの日から始まったこの「詩的」なアプローチは、より深く皆さまと、そして皆さまが愛した尊い魂と共鳴したいという、店主の誠実な探究心の表れでもありました。
17年前の満月の下、九州の空を見上げながら綴った切ない願い。 形は変われど、空はどこまでも繋がり、想いは必ず届く。石を手に取る皆さまの心が、あの日の空のように一点の曇りもなく、いつか穏やかな光に包まれることを、店主は今も変わらず願っています。
【結びの余韻】
日々のささやかな気づきが、誰かの心の灯火になりますように。 この歩みを静かに見守り、背中を押してくださる皆さまの存在が、何よりの励みです。
もし、今日の言葉が心に小さく響いたなら。 こちらから、一筋の応援を届けていただければ幸いです。
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