情報という名の「縁」を紡いで。発信の原点と、不変の信念を振り返る。
──2011年11月9日の記録を、今の店主の視点で編み直した追記録。
2011年。まだ「SNSでの発信」が今ほど当たり前ではなかった頃、店主は無我夢中で言葉を紡いでいました。アメブロ、Twitter、Facebook、そしてmixiやモバゲー。当時は一人でも多くの人に石の真実を、そして自身の哲学を届けたいと、文字通り東奔西走していた時代です。移動中も鑑定の合間も、携帯電話のボタンを叩き、下書きの途中で寝落ちする――。そんな泥臭い日々が、今の「石屋蓮」の強固な礎となっています。
驚異の回復力で画面を凝視し、アクセス数の一喜一憂すらも楽しんでいたあの頃。電子書籍『石屋の異端児が物申す!』を世に放ち、既存の石屋のあり方に異を唱えたのもこの時期でした。あれから十数年。発信のデバイスや手法は形を変えましたが、店主が貫いている「命を削って言葉を紡ぐ」という姿勢だけは、何一つ変わっていません。
■ 散らばった点と、今に繋がる一本の線
当時の記録を読み返すと、多岐にわたるプラットフォームのURLが並んでいます。一見、手当たり次第のようにも見えますが、その全ては「クライアント様との接点」を死守するための戦場でした。誰かにとっての「貴重な情報」が、その方の人生を動かすきっかけになるかもしれない。その一助になればという一途な想いが、今の店主へと繋がる一本の線になっています。
現在は情報を整理し、より深く、より一貫性のあるメッセージを届けることに注力していますが、あの頃の「数」を追い、がむしゃらに発信し続けた爆発力があったからこそ、今、店主を信じてついてきてくださる皆様との深い縁があるのだと痛感します。
■ 変わらぬ感謝と、さらなる深化へ
「いやさか(弥栄)」という言葉に込めた、皆様の繁栄を願う気持ち。それは、どれだけ月日が流れても、店主の魂の根底にあり続けるものです。過去の足跡を笑い飛ばしながらも、その熱量を忘れることなく、店主はこれからも誠実に、さらに深化した言葉と石を届けていきます。
かつての「異端児」が、今は「綜導師」として。形を変えながらも深化し続ける石屋蓮の歩みを、これからも共に見守っていただければ幸いです。
【結びの余韻】
日々のささやかな気づきが、誰かの心の灯火になりますように。
この歩みを静かに見守り、背中を押してくださる皆様の存在が、何よりの励みです。
もし、今日の言葉が心に小さく響いたなら。
こちらから、一筋の応援を届けていただければ幸いです。
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