異端児と呼ばれた男の独白。心の澱を言葉に変え、爆走を誓った夜。
──2011年10月24日の記録を、今の店主の視点で編み直した追記録。
九州の西から東へ。佐世保から大分へと駆け抜け、スタッフの面接を終えて帰路に就く。当時の記録を読み返すと、移動の疲れすらも、これから始まる「何か」への高揚感に塗り替えられていたように感じます。
あの頃、店主は自らの過去を、一気に吐き出そうとしていました。『石屋の異端児が物申す!』――今となっては少し気恥ずかしいタイトルではありますが、そこに込めた覚悟は本物でした。
■ 爆走の前に、心の澱を捨てる
なぜ、敢えて語らなくても良い過去を、細部まで明かそうとしたのか。それは、自分自身の中にある「断捨離」が必要だったからです。翌年からのさらなる躍進を前に、心に溜まった澱(おり)をすべて言葉に変えて放出しなければ、本当の意味で前には進めない。店主はそう確信していました。
うやむやにしてきた部分、隠してきた弱さ。それらを晒すことは、自分を浄化する儀式でもありました。そして、その泥臭い記録が、同じように葛藤する誰かの糧になればという願いも、確かにそこに在りました。
■ 静かなる休息、そして次なる地へ
この時に綴った数々の記憶は、今一度店主の中で熟成され、いずれ新たな物語としてお届けすることになるでしょう。過去は消え去るものではなく、未来を照らすための灯火(ともしび)へと変わるのです。
明日は韓国への出張を控えています。石との対話、誠実に自分自身との対話を深めるための短い旅路。日々の喧騒から離れ、異国の地で研ぎ澄まされる感覚が、また新たな石との縁を連れてきてくれるはずです。
歩みを止めず、しかし心は常に澄み渡らせておく。あの頃抱いたその誓いを、今改めて噛み締めています。
【結びの余韻】
日々のささやかな気づきが、誰かの心の灯火になりますように。
この歩みを静かに見守り、背中を押してくださる皆様の存在が、何よりの励みです。
もし、今日の言葉が心に小さく響いたなら。
こちらから、一筋の応援を届けていただければ幸いです。
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